この年になると、生きてる高齢の親と向き合うのと、他界して話せない親と向き合うのと、どちらがシアワセなのだろうかと考える。でもきっと、煩わしさと寂しさの違いはあっても、「深さ」はあまり変わらないのかもしれない。

他界した親はもう年もとらない。だからいつかは自分が追いついてしまう。生きているといろんな経験が積みあがるし、時代背景も変わってくるから、自分のほうがきっと少しずつ賢くなってしまう。改めて親の意見を聞きたいことが出てきても、他界して長い年月が経つと、もう何と答えるのかすら想像つかなくなってくる。これが、思いのほか寂しい。

テレビもラジオも家具も布団も全部引き上げてガランとした、だれもいない静かな実家でふと考える。
何人かで暮らしていると気付きにくいけれど、たとえば家人の誰かがお風呂に入っている音や、茶碗とかを洗っている音、あるいは隣室のテレビの音や、それを見て笑っている家族の声の音とかが何気なく耳に入ってくるのはシアワセな時間だな、と思う。
うたた寝というのは、人の気配があるところでやるから気持ちがいいのだし、気を遣って電気やテレビを消してあげるとパッと起きたりするものだ。

一人で暮らしていると、自分が起こした音以外に聞こえてくるものがない。
テレビやラジオがあるじゃないか、というご意見もあるだろうけど、それは「ウェブサイトを眺めている割に内容が頭に入ってこない」のと似ていて、あれらの音は「心に届いてこない」場合が多い。

父が亡くなってからの約10年は、広い4LDKで独り暮らしだった母。父が急逝したショックを乗り越えてからは、独りの生活も気楽で楽しいように娘の私には見えていた。でも実家に帰省すると、母が札幌駅の改札まで迎えに来てくれていたことも多かった。
帰ってきたら何が食べたいかは、何週間も前からいろいろと聞かれた。
何日か滞在して帰京するとき、タクシーに乗るだけなのに、駅まで一緒に来て見送ってくれることもあった。
実家にいると、私がたてる生活音を、しぜんと味わっている母がいた。

父が亡くなる一か月前も、私は祖母の法要で帰省していた。いつもは玄関先で行ってきますと別れるけれど、その時は珍しく夫婦そろって札幌駅まで見送りに来てくれた。年老いて闘病して少し小さくなった両親がチョコンと並んで、改札の向こうから、私が見えなくなるまで手を振ってくれていた姿は目に焼き付いている。

母は、やっぱり寂しかったんじゃないかな、と漠然と思う。

母が亡くなった後もオットと猫を連れ、夏と冬には帰省していたが、ひとけがなくあかりのついていない実家を見上げることに慣れてきたころ、少しずつ家が傷んできてあれこれ補修が必要になった。人が住まない家はやはり傷みやすいので貸すことにきめた。そして今回実家を片付けて、父や母が生きていた名残や証みたいなものは、とても東京の自宅には運びきれず、ほとんど処分となった。

人に貸せば、帰る家が無くなる。もうそこは「私の実家」ではなくなる。寂しいけど、すごく寂しいけど。
でも、家の明かりを見上げて帰ってくる家族がここでひとつ増えるのだ、と思えば、、、こんなに思い出も愛着もある家だけれど、他人に住んでもらうのも悪くないかな、と思えたりした。

きっと父や母が生きていたら、こんなことは、私も、彼らも思わなかっただろうな。

(飯島)

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