「母の日」テーマで、普段買わないものを買おうとか、行かないところへ行こうとか、テレビやネットが盛り上がっているのを見ると、自分は今夏に母の3回忌の準備をしているというのにえらい違いだ、と気が滅入る。
よく考えればオットの義母がまだお元気なのだから、気持ちを尽くそうと思えば相手はいるんだけど、母のことを思い出すのが嫌で考えないようにしている自分に気づいた。
我ながら、いったんフテくされると人ってのは面倒くさいもんだ。

40歳を超えても母を亡くしたダメージはなかなか癒えない。自然と、2人の育ち盛りの子供を遺して昨年他界した仕事仲間の女性へと思いはうつる。彼女はこどもの日に亡くなった。あの子達にとってはこれからずっと毎年永遠に、こどもの日は母の命日であり、母のことを思い出す日になるだろう。しかも、最近の日本の世の中は、記念日だの思い出作りだのと押し付けがましい。生んだ母がいるのは当たり前だからネタとしては無難だという計算がどこかに働いているんだろう。母を失った痛みから気をそらしたくても、テレビやネットの連呼に耐えなくてはならず、傷口に塩をすり込まれる気持ちで暮らすのだろうな。。。と思うと、こちらの心まで沈む。

彼女も、きっと空の上から子供達のことを心配してるだろう。自分の子供達が、母を失った哀しみを乗り越え、力強く自らの人生を見つめる日が一日でも早く来る日を願って、力尽きる日をあえて子どもの日にしたのだとしたら、、、それは生前の彼女を知る私にとっては、よっぽど彼女らしいじゃないかと想像をめぐらす。
できることなら私も、何でも力になってあげたいけれど、でも、他人にできることは何も無いだろう。ましてや、母にできることは、母にしかできないことだと、日々娘としてのわたしが感じているから。

と、ここまで考えて、これがそもそも片親だったり、親がいなかったりする人も世の中にはたくさん居るわけで、その人達は一体どういう気持ちでこの時期を過ごしているのだろうか。情けないことだけど、辛いだろうな、耐えられないだろうな、そんな想像しかできない。

広告制作の仕事ではだいぶ前から「ご両親」とか「お父さん・お母さん」ではなく「保護者」と書くように、と表現の直しが入るようになった。私には子どもが居ないのでイマドキの思春期感覚は知らないけれど、親を身近に感じられない子供は増えているのだろうとは想像つく。他人ができる配慮はマイナスからゼロにするのが精一杯で、この表現の配慮をしたところで、彼らの生きるエネルギーにはならないだろう。
そしてこれからもきっと、折々でつらい思いをいっぱいするのだろうけれど、せめてその思いが他人の気持ちを類推(って言葉は正しいかな)する力になってくれればと願う。これは社会を生きていくうえで重要な力になると思うし、大きく膨らませる術を身に付けることで、立派な知性になるのではないか、と(期待をこめて)考えている。

負けないで欲しい。
そして私も、ウダウダいうのはそろそろ止めて、シャキッと自分の人生を見つめよう。
そう思いながら、3回忌のお布施をお寺にいくら包めばいいか悩んでいる。これが40歳なんだよね。

(飯島)

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