かつて札幌でプータローだった20代、バイト先にいた、よく働く学生集団と友人になった。彼らは東京在住で私が上京すると呑み仲間となり、その中の士業を自営している一人が私に起業を勧め、手続きと共にアイデアパンチの役員におさまった。設立から5～6年が過ぎたころ、その彼の顧客に、企画製作を生業にするウェブデザイン会社ができたようで、あるとき「あの会社はパワーがあって、作るものが個性的で、つまりおたくより優秀だ」と言われたことがある。ちょっと魔法みたいな感じでものを言う人で、単純な私は「よし、やらねば」という気にいったんはさせられるんだけど、違和感もあった。
うちと同業ということは「受託制作」なので、企業からの依頼に沿って何かを考えて作るのが仕事。作るものは超自然的に「依頼主らしい」ものでなくてはならず、それでいて「依頼主らしからぬ洗練さと的確さ」と「時代の波にあっているか」が仕事の価値だと確信していたし、個性的というのは難しいもので、製作物からアイデアパンチのキャラが見えたらそれは「ダメな仕事」。陽の当たる黒子であり、屁こそも臭わず自我を消すこと、それがプロ意識というものなのだ。と考えていたから。
彼は自分自身も周囲も他人も、ものすごく追い込んで仕事させる人だった。その「追い込み」は不思議な力があって、たくさんの魔法を私にもかけてもらったと思う。
一人で始めたけど手が足りず「会社としてちゃんと正社員を雇うべき」と説得され「辞めるときに揉めないための誓約書」を早々と作ってくれた。それでも辞める社員が出たときは「従業員が唯一自由に決められることは自己都合で辞めることだから」と励ましてくれ、辞めた後の社員を話題にすると「死んだ子どもの年を数えるのは愚かなこと」と諭された。さまざまな追い込みで「会社とは」「社長とは」その心構えをゴリゴリ教えてもらったと思う。
でも、なんか変だなと思うことがどんどん増えていった。
彼のスタッフへ結婚祝いを送っても誰からも返事がなかったり、私が銀行窓口で女だからとバカにされたところをいかにヘルプしたかという謎の話がどんどん盛られたり、うちの決算前の経費を数百万円も足し忘れて今期は大黒字だと連絡してきたり、法人登記の内容にあちらの思い違いがあり、私へ突然過料請求が来たときは「かつてそんなことで引っかかった人はあなたしかいない」と弁解されたり。「その人、ただの見栄っぱりなのでは」と同じく役員だった母に言われてだんだん魔法が解け、彼の威勢のいい発言は虚勢に見え、追い込みのせいで無駄な混乱に巻き込まれたりして、私も大人げないけど「売られたケンカは買う」かたちで2012年ごろに縁が切れた。
あの時代の空気は、丁々発止で言ったもん勝ちで、常に相手のマウントを取り、桁違いのお金の扱いにも臆せず、玉ねぎのようにたくさんの皮で本心を隠し、ゴロゴロと上手に転がされるのが「いい（女）経営者」だった。私の性格にそういうテイストはなく“社長業”のステージから降りてほっとした半面、縁が切れたのはあの追い込みに負けたからだとも思えた。
何が正解かわからないまま時が進み、当時の会計資料も棄ててよくなり時代も変わって、ここ数年やっと「無理してあの追い込み社長を演じ続けなくてよかった」という解脱の心境に至った。
「仕事をすること」と「お金を稼ぐこと」は混同されがちだけど目的が違う。仕事は「人生の時間を誰かのために使うこと」だけれど、社長らしい振る舞いは「自分らしく生きること」とも違う。こまやかな頭の整理ができると、歯車がかみ合い出して、ストンと腑に落ちてきた手ごたえがあった。あーやれやれ、よかったなぁ。と思っていたつい先日、その魔法使いの彼が一ヶ月ほど前に急逝したと風のうわさで聞いた。ちょっと年上だったから、たぶん55～6歳ぐらいだったと思う。
大事な決断をどうしても決めあぐねて、2016年に一度だけ彼にタイムフィーを払ってノコノコ逢いに行ったことがある。要領を得ない私の話を締めくくるように「何をやるかも大事だけれど、誰とやるかはもっと大事。忘れるなよ。」小言で揉めた私へのイヤミにも思えたけど、ニッコリと笑ったあの一瞬の目つきは懐かしい友人のそれだった。
あの時「これで腹が決まった。もうこの人に会うこともない」そう心に刻んで別れたせいか、今でもあの日の場面や帰り道の電車での心境を昨日のことのように思い出せる。幽霊は信じないけどさ、訃報を聞く前からうちに逢いに来てたような気もしていて、あんまり寂しくもない。
私はやはり「全ては生きていてこそ」と思うよ。
相変わらず自分のことも追い込みすぎたんじゃないの？ねぇ、かっき？
