竹中平蔵が「人生100年だから老人になっても(楽しく)働こう」という趣旨のツイートをしたとか見たけどホンマかい。おじさん群のツイートは、有名無名を問わずウサ晴らし感が漏れ出すぎで読むと疲れるので、すすんで確認する勇気はないんだけれども、いろんな人が気軽に言う「人生100年」について、とても疑問に思ってる。

今の平均寿命にあたる男性81歳や女性87歳というのは、1940年(昭和15年)代より前のお生まれの方々で、彼らは今風にいうと「国産食材」しか食べていない。摂取栄養過多の現代に比べて当時は足りず、そのうえ電話も電車も飛行機もないから生活圏の中で足腰を使って移動していただろう。仕事も肉体労働が中心で、今よりもずっと活動(運動)量も高い。もちろん加工品や添加物も存在していない。ビニールやポリプロピレン系の環境ホルモンもない。黄砂やPM2.5も飛んでこないし、花粉症もない。謎の物質に包まれることなく、しかし甘やかされずに作った肉体は、現代人とは根本的に“デキ”が違うのではないだろうか。

翻って私たちは座りっぱなしの仕事も多く、移動は電車。1万歩/日は通勤だけでは歩けないし、毎日、日没にすら気づかずにビルの中で仕事。空調完備のおかげで夏は寒く冬は暑い。目と頭はフル回転するけれど肩や腰はバキバキ。運動はジムに通える時間とお金がある人しかできない。朝食は摂らず、夕食は夜寝る前。食事を加工食品や外食に依存していれば、工場で作られて冷凍したものを温めて食べている。現代は「清潔」かもしれないが、味つけには添加物も使われ、使用食材もほぼ輸入品だろう。こんな人間の体が100年も使えるだろうか。

かつてよく聞いた話で最近めっきり聞かなくなったのは「毎日バケツ1杯の量をウン十年食べ続けない限り人体に無害な成分」みたいな話。「食品」が工場生産物なのが当たり前の今となっては、添加物を気にする人も激減したように見える。でも人は1日3回食事したとして40年経ったら43,800回も食事してる計算になる。偏った食事によって特定の成分を食べ続けていれば「バケツ一杯をウン十年」になにかが到達していてもおかしくないよね。しかも当時から言われているように、1種だけじゃなく、2種、3種と複数が体内でかけ合わされていたら。それはもう世界中の誰もが答えを知らないミステリーで、私たちの人生をかけた実験ショーである。この結果を背負わされるのは、これからの子供や孫の世代なのだと思う。

会社とのあつれきなどでメンタルの失調をおぼえ社会生活に支障をきたす人の話が40代に下がってきたように思う。がんをはじめ様々な疾病で闘病している人、手術や投薬を受ける人の話も周りにゴロゴロ。医療保険会社のCMが多いのも「需要」があるからなんだろうな。

近年は全国あちこちで壊滅的な自然災害が起きて、家族を失うだけでなく、住まいの確保や事業の再開を諦める人が新聞やテレビなどで毎日のように紹介されている。読んでいるだけで心が折れそうな話も少なくない。なのに政府の存在感はまるでない。国民皆保険の存続を心配をするほど「100年生きる人」が平和で穏やかに寿命をまっとうできるような国だと思えるかなぁ、いまの日本って。

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