つい先日、戦友である仕事仲間の命日があった。
あっという間にもう三回忌だけれど、ちょっと大げさに言えば、彼女のことを忘れた日はない。
街中で彼女によく似た後姿を見かけると「アレッ?」と今でも反応してしまう。
イマドキの子たちには「家族でもないのに、薄気味悪い」と思われるのかもしれないな。でも日常の記憶ゾーンとは明らかに異なる場所にもう感情ごと刻まれていて、これはきっとこれからも、長く続くものだと思っている。
でも忘れた方がいいこともたくさんあるよね。
都合の悪いことは忘れられるから人は前を向いて生きていけるわけで。その中には「無かったことにしたい」「忘れたい」ことも含まれているだろうから、だからこそ「忘れたことにした」ほうが良いことも大人には多いのだろうと思う。
まだ私は忘れていない、ということを伝えたい気持ちもありつつ、
もう忘れてほしい、と思ってるかもしれないとも思う。
せっかく彼女がいない日常に慣れつつあったのに、引き戻さないで欲しいと。と思うと、忘れた方が良いことなのか、忘れない方が良いことなのか、どちらがいったい善であろうか。
それなりに見送ってきた中で、私はやはり「忘れていない」と言ってくれる人と出会うと嬉しかった。
その瞬間、その話題は、私の心を慰めてくれる。
だから私は「忘れていない」といい続けたいけれど、いつの日か自然と忘れてしまう時がくることもあるかもしれない。その結末は良いことか悪いことなのかわからないけど、それを心配することこそ「取り越し苦労」というものだろう。
そんなことを日々の思考の外側で、つらつらと、いったりきたりしながら漠然と考えていたら、彼女が夢に出てきた。
なぜ、どのようにそこにいたのかはもう思い出せないけれど、私と向き合って雑談をしていて、
いつものようにニコニコしながら「そうなのよー。でもまぁ。仕方のないことだよね~」と相槌をうっていた。
ん?どこが?