人材紹介の仕事をやっていたころ、広告制作業界に従事する人たちに限定した1万人の履歴書を見た。データベース上は「登録者1万人」でも、なかには古いまま履歴が止まっているものや、再登録者も含まれていた(今でいうハッカーみたいな人が組んでたプログラムだからものすごい出来が良かった)が、企業へ人材提案するためにDB検索は欠かせず、ピーク時は100人単位で暗記していたと思う。登録面接で直接会うことも多いから場数も踏んできた。今はこうして求人する立場となったため、ひとさまの人生を垣間見る機会は人より多い人生を歩んでいると思う。そんな私が思うこと。

わたしはお節介なので、面接に来るご縁があり、直接話す機会がある人には、ようすを見た上で「いったいこれからどうしたいの?」という話をすることがよくあった。企業はいろんな人を見てるから真意を見抜かれるし、ごまかしたままでは雇われないと思うよ、と。そうなると、社員採用面接ではなく人生相談へのスイッチが入る。社員からは「社長、3時間も面接するって、いったい何話すんですか」とたびたび呆れられた。当社には社員に向けて年2回の面談があり、課題解決までの努力と結果を話し合うプロセスがあったから「社長はこういうこと好きな人なんだろうなぁ」ぐらいにしか思われなかったと思う。こんなチビ会社の割には一生懸命やってきたほうだけど、それは「本人が納得していないことは、何をどう経験させても身に付かない」からなんだよね。自分も含めて。

転職に限らず、何歳になっていても、新しいことを始めるためには、それまでやってきたことをやり遂げたと思えているかどうかが絶対に欠かせない。
シンプルなことなんだけど、移り気な人はこれが検証できていない。だから満足できない。よくある「自分はどこに行ってもうまくいかない」と思い込んでいる人には、このタイプが多い。そして時間を無駄にしてしまい、職業あっせん業的に表現すれば、経歴を汚す、ことになってしまいかねない。
経験の内容、レベルの高さ、他人の評価、扱い額なんてのは二次的なもので、本人の納得ほど強度の高いものはない。ちょっと詩的に言えば、我を忘れて全力投球した瞬間があったかどうか、って感じ。この“納得”というのは、自分の気持ちといえども厄介なことに、かなり真剣に考えないと見えてこない。そして意外なことに、わかるまで時間もかかる。

ずっと昔、デザイナーで面接に来て「作家になりたくてなりたくて、諦めきれない」といって涙を流した人がいた。泣いてる本人も思わぬ展開にビックリしていたけど、私は「そんなに諦めきれないことがあるなんて、シアワセじゃないの」と思ったし、そう言ったと思う。それはもしかしたら気の迷いかもしれない、実力も運もないかもしれない、シアワセじゃないの、なんて私がたきつけたせいで、無駄な時間をさらに使ったかもしれないけど、ものすごい才能があって、大化けするかもしれない。どれもアリ。何が起きてもおかしくない。それを評価するのは、まず自分だと思うから。

人生が長いか短いか、寿命という数値は人によって違うけれど、今この瞬間までの自分にどこまで納得できているかは、誰でも平等に感じることができると思う。
考えるのも自分、決めるのも自分、やるのも自分。人に決めてもらっているうちは後悔しか残らない。

うちは社員全員で来客を見送るため、面接者が泣きはらした顔のまま笑顔で帰っていくのを見送る度に、社員のみんながわたしをねぎらってくれた。深い話は、聞くのも覚悟が要るから。一度聞き始めると途中で「もういいわ」とは言えないし、乗り掛かった舟は途中で降りられない。私ができる、せめてもの社会貢献だと思って一生懸命向き合って聞いてきたと思う。そして、自分の親にしつこく言われてきたことが、この年になっても頭によみがえる。自分を応援してくれる人や環境を手に入れるために、気持ちはいつも前向きに。手を差し伸べてくれる人には素直に感謝して頑張る。たとえ自信が無くても下手くそでも、それが今の自分の姿なのだから腹をくくって精一杯やる。必要以上に自分を卑下しない、謙遜しない、くさらない。そうすれば、その先にある「次の何か」は、おのずと見えてくる・・・。


いつもいつも肝心なときはこの曲に元気づけられてきた

気がくるいそう やさしい歌が好きで あぁ、あなたにも聴かせたい
by甲本ヒロト