私の自宅マンションで働いている管理人のおじさんが70歳を機に10月で退職することになった。
細身で小柄なおじいちゃんだけれども、これがどうしてかなりの働き者で愛想もよく、その仕事ぶりには密かに敬服していた。
管理人の仕事といえば、共有部分の日常的な清掃、電球の交換などの維持管理、ゴミ出しあたりかと思うが、とにかくジッとしているところを見ない。会うのは大体私が出勤する朝なので特に忙しい時間帯なのだと思うけれども、素手で四つんばいになって広いエントランスの床を雑巾がけしてるところに遭遇した時は、あまりの恐縮に「いつもありがとうございます」とつい言ってしまった。
我がマンションの住居者はマナーの悪い人も多い。エレベーター内はベタベタと注意書きが多く、どうしたらこんなに、と考えさせられるほど籠内が汚いけど、おじさんは明るく朗らかに挨拶しながらせっせと鏡を磨いてくれている。
住人は鍵で開けるゴミ置き部屋に二十四時間捨てに行ける。入口のドアには「水分を切って、分別して出さないと異臭や害虫の原因になります」と当たり前のことが貼り紙されているが、朝、管理人のおじさんがゴミと格闘しながら中味を再分別している姿を見ると貼り紙もむなしい。個人情報やのぞきなどの異論を唱える人もいるかもしれないが（おじさんだってやりたくないはず）収集日の朝、収集場所へゴミが移動されたあとのゴミ部屋をみて気持ちは一変する。空になったゴミ部屋は、本当に見事に、きれいさっぱり掃除され、ドアは開放して換気され、床も壁も棚も舐められそうなくらいピッカピカなのである。
退職話をご本人から聞いたときの立ち話で、実はおじさんは半世紀もの間料理人だったことを知り、仕事ぶりに納得がいった。
料理人は、鍋や包丁やまな板といった道具をいつもピカピカに手入れし、清潔が当たり前の世界だからだ。ユニクロのCMにもあったが、追い回しは時間外に毎日先輩の鍋を数時間かけて磨きなおすという。きっとあのおじさんも腕のいい料理人であったと容易に想像できるし、機会があれば食してみたかった。私は自分の住居だといってもお金を出しただけで、あんなにきれいに磨いてくれたおじさんに、きっと一生頭が上がらない。
松井（秀）がメジャーリーグに行き試合後にグローブを磨いていたらチームメイトが「そんなことを自分でやるのか」と驚かれたという話を思い出した。仕事ができる人は道具を大切にする。駆け出しの時代、先輩デザイナーはロットリングに触らせてもくれなかった。そういう気質が私は大好き。
私たちは広告製作業だけれど、ウェブサイトを作ってお金を頂戴している以上、PCは単なる表計算や文字書きの仕事道具ではない。マシンがあるからこそ、それで閲覧できるウェブサイト製作の発注がある、商売には不可欠な生活用品なのだ。
どうしてネットが見られるのか原理も知らず、なぜ不具合がおきるのか原因も突き止められず、対応は他人任せでいいサイトが作れるはずがない。タカをくくってほどほどにしか動かない人間は、周囲に見抜かれて真の信用を得られない。
そして、仕事ができない人に限って、ソフトのなんちゃら機能を入れ忘れたから自分は間違えたとか言い訳がましい。
プロは、グローブが小さかったせいでボールをキャッチできなかった、なんて言わない。
いい仕事がしたければ、自分の力で努力するしかないことに若い人は気づいてほしい。目線をひとつあげ、目標を上に定め、そこへ向かって努力をしなければ、いい仕事はできない、従っていい出会いも無い、それで給料が増えるはずもない。どこの会社で何をやっていようが、これがすべての原則だと思う。
それがジワジワとできるようになってくると、不思議なことに自分よりも先に周囲が気づいてくれるんだよね。自然と仕事も回りやすくなってくるもの。思うように動かないと感じるうちは、やっぱりわが身を振り返るべきだと思うな。
（飯島）
