「孤独」の定義は、何だろうな。既婚者には独身の寂しさが分からないというけれど、他人と「家族」を作る感触は確かに温かい。でも子無しにとっては「寂しさと無縁」というほどの強さもない。「経営者は孤独」ということも少しわかる人生だけど、日々の業務や先の目標に同じ目線で語れる相手が社内にいないだけなので、外に目を向ければ、孤独を超える魅力がたくさんある。ここでいう「孤独」は人数ではない。

私は子供のころから、人間関係というものについてとりわけ慎重に、しつこく、父に教えられてきた。中学生のころ、お気に入りのLPレコードを隣に住む幼馴染のミカちゃんに貸した。我が父はクラシックレコード収集家で、幼いころからレコード盤やレコード針の手入れに口やかましく、その取り扱いには厳しかった。私もそれにならい、カセットテープに録音した1回以外は使用していない新品状態で貸したレコードだったが、なかなか返却されず、催促する勇気もなくただ気をもんでいた。1ヶ月後、レコジャケの角は三角に折れ曲がり、中と外のPP袋は折れ目でしわくちゃ、レコード盤はねっとりした指紋汚れで両面べったべたになって戻ってきた。あまりの無残な姿にわぁわぁ泣いていたら、父が横で汚れたレコードを手入れしながら静かに言った。
「大事なものを、貸したお前が悪いのだ」
私は抗弁した。だって友達なんだから!貸してほしいと言われたら、断れないよ!と。しかし彼はさらに静かに、きっぱりとこう言った。
「お前が本当に友達だと思うなら、レコード盤を汚されたぐらいでガタガタいうな。友とはそういうものだ。しかし泣くほど腹が立つならば、これほど汚して平気な顔で返す人を友だと思ったお前が甘い。友を選ぶ眼を養え」
大人になってからも、あらゆる場面で父は他人との向き合い方に厳しかった。常に相手は悪くなく、自分に甘いお前が悪いと、私に優しい解釈はまるで無かった。

この本はとても丁寧に親切に「自由」の価値を書いてくれている。筆者は芥川賞受賞時に「断ったら、気の弱い担当者が倒れたりしたら都政が混乱するから、もらっといてやる」と会見で発言し、なんとなく父を思い出したが、気が細やかで優しい人だとわかる。自由意志のかけがえのなさを味わうために他人と距離を置ける人間になれ、と教えた父から娘への愛情を、孤独と引き換えに自由を得よ、というこの本の主旨からも感じ取れた。

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孤独論 逃げよ、生きよ